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2021年6月7日、アストン・ビラ(Aston Villa)はアーセナル(Arsenal)との争奪戦を制し、ノリッジ(Norwich)からアルゼンチン代表MFエミリアーノ・ブエンディア(Emiliano Buendía)をクラブレコードの移籍金で完全移籍で獲得したと発表した。アストン・ビラサポーターが換気に湧く一方、アーセナルサポーターからは失望と驚きの声が多く上がった。
2019-20シーズンのプレミアリーグ復帰以降、アストン・ビラが多額の資金を使い大型補強を敢行し続けていることはプレミアリーグのサポーターであればご存知だろう。復帰初年度の補強費は夏と冬の市場を合わせて約1億4000万ポンドを費やした(移籍金は全てTransfer Marktを参考)。2年目は夏と冬を合わせて約9000万ポンドの移籍金を費やしている。これだけ補強に資金を費やしながら、選手の売却での収益は殆どなく、18年夏からの現オーナー体制となってからは累計1000万ポンドにも満たない。このデータを参照するだけでアストン・ビラが資金に相当余裕のあるクラブであることがわかるだろう。この記事ではクラブの歴史と現体制、そしてクラブが掲げる今後のビジョンについて記述していく。
まず、現在のクラブの体制や資金について語る前にクラブの歴史について簡単に説明する。アストン・ビラは1874年に創立されたフットボールの歴史が長いイングランドの中でも特に歴史と伝統があるクラブである。1888年に始まったフットボールリーグの創設を提案し、イングランドのトップリーグとFAカップではそれぞれ7度の優勝、1981-82シーズンにはUEFAチャンピオンズカップを制覇したイングランドを代表する名門クラブだ。クラブの歴史やタイトルの数、イングランドサッカーに影響を与えた功績など様々な視点から見る「クラブ規模」という概念では、アーセナルやマンチェスター・ユナイテッド、リバプールといったメガクラブ3チームに次ぐ2番目にクラブ規模の大きいグループ、いわゆるビッグクラブに該当する。イングランドサッカーに与えたアストン・ビラの功績はリーグ創設やプレミアリーグで長く常連であること以外にも多く、イングランド代表選手をトッテナムに次ぐ2番目に多い77人の選手を輩出している。
1992-93シーズンにプレミアリーグが創設されて以降、アストン・ビラは優勝こそないが初年度は2位、マーティン・オニール(Martin O’Neill)が監督を努めていた2000年代後半は3シーズン連続で6位フィニッシュするなど結果を残していた。しかし、ギャレス・バリーやアシュリー・ヤング、ジェームズ・ミルナーら主力選手を放出したことに反発し、オニールが退任。以降クラブは低迷し、オーナーのランディー・ラーナー(Randy Lerner)にも具体的な野心がなく、2015-16シーズンにクラブはプレミアリーグとなってから初めて2部へと降格する。
2部降格後に中国人実業家のトニー・シャー(Toni Xia)が新オーナーに就任。500人のスタッフのリストラ、チェルシーをUEFAチャンピオンズリーグ優勝に導いたロベルト・ディ・マッテオ(Roberto Di Matteo)氏を新監督に招聘するなどの改革を行った。しかし、2016-17シーズンは開幕11試合でわずか1勝とディ・マッテオ体制は失敗に終わる。
その後、監督に就任した現ニューカッスル監督のスティーブ・ブルース(Steve Bruce)がアストン・ビラの未来を変えたと言っても過言ではない。ディ・マッテオの後任としてブルースがクラブの監督に就任した当時は、アストン・ビラはスポーツ・ダイレクターといった役職を設けておらず、監督主導の下で補強を行っていた。ブルース主導の下で行った補強で獲得した選手の殆どが後のプレミアリーグ昇格に大きく貢献した選手たちであり、17年冬に獲得したコナー・フーリハンや18年夏に獲得したアーメド・エルモハマディ、19年夏に獲得したジョン・マッギンといった選手が該当する。そしてブルースがビラに残した最も大きな功績が17年夏のジョン・テリー(John Terry)の獲得だ。2016-17シーズン限りでチェルシーを退団したテリーをブルースが、ゴルフに誘い直接口説いたのであった。幼少期にマンチェスター・ユナイテッドのサポーターであったテリーにとって当時のディフェンスリーダーであったブルースはまさに自身のアイドルだった。
ブルースに口説かれてアストン・ビラ加入を決断したテリーにブルースは主将を任命する。当時ビラにはブルースの下で2016-17シーズン主将を務めていたジェームズ・チェスター、前ボーンマス主将のトミー・エルフィック、前クリスタル・パレス主将のミル・イェディナク、前ノッティンガム・フォレスト主将のヘンリー・ランズベリー、前バーンズリー主将のコナー・フーリハンといったキャプテンシーのある選手が多く在籍していた一方で絶対的なリーダーは不在であった。テリーが主将のポジションについたことでチームはまとまり、失点も大幅に減少。ジャック・グリーリッシュら若手選手のメンタル面の成長にも貢献した。テリーはプレーオフ決勝でフラムに敗れプレミアリーグ昇格を惜しくも逃した2017-18シーズン限りでビラを退団し、選手生活に幕を下ろす。続く2018-19シーズン途中にスティーブ・ブルース監督が解任されたことに伴いブレントフォードを率いていたディーン・スミス(Dean Smith)が新監督に就任。そのアシスタント・コーチとしてテリーもビラに復帰する。18年夏にチェルシーに所属していたタミー・エイブラハムに対してビラへのローン移籍を勧めるなどアシスタント就任以前から間接的にはクラブの補強に関わっていた。19年冬にビラは相次ぐCBの負傷により即戦力のDFを模索していた中でボーンマスからタイロン・ミングスをローン移籍で獲得する。2020-21シーズン現在は、押しも押されもせぬクラブのディフェンスリーダーであるミングスだが、彼が加入当時チャンピオンシップで中位に沈んでいたビラに加入した理由はテリーの存在であった。ミングスは加入の際にインタビューで「ジョン・テリーの下で守備を学べる機会など早々ないと思い移籍した」と語っている。
ジョン・テリーがいなければ昇格したシーズンに26ゴールを決めたタミー・エイブラハムは加入していなかっただろうし、タイロン・ミングスもアストン・ビラへと加入していなかっただろう。そしてスティーブ・ブルースがいなければジョン・テリーが加入することもなかっただろう。そう考えるとブルースがビラに残した功績は計り知れないほど大きい。
テリーの章で前述した通り、アストン・ビラは2017-18シーズンに昇格プレーオフ決勝まで駒を進める。しかし、フラムに0-1で敗戦。クラブは昇格する前提で大型補強を敢行していたこともあり、一気に財政難に。同シーズンから背番号10を背負っていたジャック・グリーリッシュを売却しなければ破産してしまうという危機的状況に追い込まれていた。
18年7月中旬に救いの神が現れる。クラブをエジプトの大富豪ナセフ・サウィリス(Nassef Sawiris)とアメリカの実業家ウェス・エデンス(Wes Edens)が共同オーナーとしてクラブの保有権55%を買収すると発表したのだ。ナセフ・サウィリスはアフリカ人で2番目に金持ちの人物であり、2021年現在の総資産は92億ドル(約1兆1000億円)にも及ぶ。アメリカ人実業家のウェズ・エデンスはNBAのミルウォーキー・バックスのオーナーで総資産は12億ドル(1300億円)。2人の総資産を合わせると104億ドル(約1兆1400億円)となり、2021年現在のプレミアリーグではマンチェスター・シティのマンスール、チェルシーのロマン・アブラモビッチに次ぐオーナー資金のあるクラブとなる。この2人の資産家がクラブのオーナーになったことで一気に財政が回復。スコットランド代表MFジョン・マッギンやイングランド代表FWタミー・エイブラハムといった選手を獲得。また、ナセフ・サウィリスは敏腕代理人ジョルジュ・メンデスとのコネクションも強く、クラブを買収した18年夏にアンワル・エル・ガジとアンドレ・モレイラの2人のメンデスの顧客である選手を獲得している。(プレミアリーグへと昇格した19年夏に保有権を100%買収)
オーナー陣は就任当初から「私たちはこの偉大なクラブのオーナーとしてここにいて、クラブを本来あるべき場所に戻すためにできる限りのことをするつもりだ。トップチーム、レディースチーム、アカデミー、クラブ施設に積極的な投資を行う。」と宣言。前オーナーが抱えていた借金も全額返済し、宣言通り明確な野心と目標のもと積極的な投資を行った。18年夏にプレミアリーグ復帰のために新監督を探したが結局見つからず、前シーズンに昇格プレーオフ決勝に導いたスティーブ・ブルースに引き続き指揮を任せることを決断。開幕2連勝とロケットスタートをきったビラだったが第3節以降は大失速。10月の第11節プレストン戦をもってスティーブ・ブルースは解任された。後任にはブレントフォードを率いていたディーン・スミス氏が就任。合わせて同じくブレントフォードでアシスタントを務めていたリチャード・オケリー(Richard O’Kelly)、前シーズンにクラブで主将を務めたジョン・テリーをアシスタント・コーチに任命。翌月の11月にはスミス監督がウォルソール監督時代にGKコーチを務めていたニール・カトラー(Neil Cutler)をウェスト・ブロムから引き抜いた。
そしてディーン・スミス監督就任と同時にクラブのマネジメント体制も大きく変更する。まず、クラブ責任者(CEO)にチェルシーとリバプールでも同じ役職に就いていたクリスティアン・パースロウ(Christian Purslow)を任命。また、クラブはそれまで監督主導の補強を行っていたが、スポーツ・ダイレクターにアトレティコ・マドリードやバレンシアでも同じ役職に就いていたヘスス・ガルシア・ピタルク(Jesús García Pitarch)を任命した。