【豊川雄太】新たな海外組へ名乗りを上げた、叩き上げの雑草魂

 2018年1月5日、鹿島MF豊川雄太の海外移籍が発表された。移籍先はオイペン(ベルギー・ジュピラーリーグ)。正確に言えば、日本代表MF井手口陽介と同じリーズ(チャンピオンシップ)を経由しての移籍となる。ただし、日本代表のキャップ数を数える井手口とは異なり、イングランドの労働ビザ発行までに最低2年はかかる移籍だ。現地の声も明るくない。それでも、豊川ならなんとかしてしまいそうな気もする。中学時代から世代屈指のタレントは、いつの間にか地から這い上がることも覚えているように感じられる。



 「ちょっとしゃべれないです…」
 PKのラストキッカーで迎えた豊川のキックがポストを叩いた瞬間、優勝候補と謳われた熊本県立大津高等学校は2012年12月31日の大晦日、初戦にして姿を消した。主将にして翌年はプロの世界でも共に鹿島アントラーズへと進むことになる主将CB植田直通は泣きじゃくる豊川を支え、整列した。
 中学年代から九州で名を馳せ、中3時に練習参加した大津高校監督平岡和徳から「うちに来ればもっと上手くなる」との言葉を受け、進学を決意。2年時から強豪校のエースナンバー「10」をつけると、高校総体、プリンスリーグ九州の舞台で点を取りまくった。順風満帆だった、選手権までは。選手権では2年連続初戦敗退と悔しさを抱えて飛び込んだプロの舞台、1年目は常勝軍団鹿島の高い壁を打ち破ることはできず、出場時間はゼロ。植田がカップ戦でのデビューを飾る中、ここでも悔しさを味わった。

「気持ちで走った。この勝利は人生の中でも大きなものになる」
 エースFW大迫勇也(ケルン/ブンデスリーガ)の抜けた鹿島は、2014年シーズンの開幕スタメンに豊川を抜擢する。4-0(○甲府)と圧勝した一戦を振り返り、上記のコメントを残した。植田もまた後半途中から出場した。この年リーグ戦17試合に出場し、2得点と結果を残した。
 2015年3月、リオ五輪を目指すU-22チームが参加したAFC U-23選手権予選(リオ五輪アジア一次予選)では、所詮の先制点をコーナーキックからアシスト。2点目を自分で奪うなど順風満帆さを裏付ける勢いを見せる。しかし、代表チーム招集の弊害からチーム練習に合わせることが出来ず、チーム内競争に負け、出場機会を減らしてしまう。これまで継続的な招集を受け、結果を残し続けてきた代表チームからも外されるケースまで増えてしまった。
 2015年末、リオ五輪本大会招集も見越し、出場機会を求めてファジアーノ岡山へのレンタル移籍を決断。大枠からは漏れていたAFC U-23選手権2016のメンバーにも最後の選抜合宿でMF三竿健斗(現・鹿島アントラーズ)と共にラスト2枠の座を勝ち取ってメンバー入りすると、準決勝イラン戦では劇的な決勝弾を決め、チームの優勝に大きく貢献した。

 豊川は止まらなかった。ただ、彼についての記憶は、多くの人がここで止まっている。リオ五輪のメンバーには選ばれなかった。高校の同級生でもあったCB植田直通、同様に岡山へレンタル修行中のMF矢島慎也(現・ガンバ大阪)の招集を傍目に、悔しさを噛み殺した。
 J2の舞台でこの年初めて二桁得点を飾る。さらに、初のプレーオフ進出の原動力ともなった。ただ、険しかったJ1への道。「もう1年」とレンタル延長を選択した。岡山2年目の2017年はチームとして苦しむも、35試合8得点と個人としては上々の出来。それでも、苦しかったのかもしれない。悔しかったのかもしれない。
 変わらずヨーロッパの舞台で戦い続けるこの世代のトップリーダーFW南野拓実(ザルツブルグ/オーストリア・ブンデスリーガ)と春先には日本代表の救世主とも鳴ったFW久保裕也(ヘント/ベルギー・ジュピラーリーグ)に加え、同様にリオ五輪本大会に招集を果たせなかったWB関根貴大(インゴルシュタット/2.ブンデスリーガ)、MF鎌田大地(フランクフルト/ブンデスリーガ)が海外トップリーグへと移籍。FW浅野拓磨(シュツットガルト/ブンデスリーガ)とMF井手口陽介はロシアW杯出場をかけたオーストラリア戦で共にスタメンどころかゴールを決めて勝利に貢献し、名を挙げた。同世代では夏に渡ったばかりのFW中島翔哉(ポルティモネンセ/ポルトガルプリメーラリーガ)は海外の得点ランキングに名を乗せるほどにまで成長。あのとき、共にアジアの舞台で戦ったメンバーの殆どは海外またはJ1の主力としてチームに貢献していた。

 リーズには藤田俊哉がいて、井手口と豊川の代理人は新井場徹。そこにどのような契約があったかはまだ知る由もない。我々には伝えられない事実も多い。ただ、市場価値は嘘をつかない。日本時間1月6日午前3時段階で豊川の市場価値はは”600 Th.ユーロ”同様に移籍する井手口には既に倍の差をつけられた。日本人の市場価値としては129位、全世界の1994年生まれでは653位、世界中の全選手では8,512位。 €
 豊川雄太は止まらなかったはずだった。ただ、差はあけられ続けていた。岡山に残らない。鹿島に戻らない。J2を卒業し、J1を飛ばして海外で戦うことに決めた。MF坂井大将(テュビズ/ベルギー2部)、MF堂安律(フローニンヘン/エールディヴィジ)、MF伊藤達哉(ハンブルガーSV/ブンデスリーガ)と年下の海外組も増えてきた。
 もう、待ってはいられない。2022年を見据えた挑戦。世代屈指のエリートは苦杯と苦難を経験して雑草魂を司った。ここから逆襲が始まる。



関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る