【選手名鑑】ハーフナー・マイクの現在地|空中戦で絶対的な強さを見せる点取り屋のプレースタイル

 ハーフナー・マイクは194cmの長身を活かしゴールを量産してきた。横浜FMに入団し、他国内3クラブに所属した後海外へ挑戦。海外でのプレーはほとんどがオランダでのプレーとなり、4シーズン半で計51点を稼いだ。それも1部リーグ。そして2017年ルーカス・ポドルスキと共に神戸へ入団するも出場機会には恵まれず、2018年7月に仙台へレンタル移籍で加入した。ゴリゴリの得点力を誇る彼の現在地とは。

目次

ハーフナー・マイクの動画




選手紹介

プロフィール

選手名 ハーフナー・マイク|Mike HAVENAAR
出身地 広島県広島市
生年月日 1987年5月20日
身長・体重 194cm・92kg
現所属チーム/背番号/利き足 ベガルタ仙台(J1)/#41/左足

プレースタイル・能力値・アビリティ

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セールスポイント・ウィークポイント・グロースポイント

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ヒストリー

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年度別来歴

2019年

2018年

 7月9日にベガルタ仙台への期限付き移籍が発表。

2017年

 7月3日にJリーグ・ヴィッセル神戸へ完全移籍する事が発表。元ドイツ代表のルーカス・ポドルスキと同時期の入団となり、元ドイツ代表と元日本代表の加入という事もあり期待されたが、移籍直後はなかなか出場機会に恵まれなかった。しかし、10月25日に行われた天皇杯準々決・鹿島アントラーズ戦で移籍後初ゴールを決めると、古巣との対決となった10月29日の第31節・ヴァンフォーレ甲府戦では、移籍後リーグ戦初得点を含む2得点を決める活躍を見せた。

2016年

 3月17日、2018 FIFAワールドカップ・アジア予選のメンバーに約1年5カ月ぶりに代表選出された。5月8日、リーグ戦の最終節でシーズン16点目をあげて欧州主要一部での日本人最多得点記録を更新した。

2015年

 3月2日、フィンランド1部・ヴェイッカウスリーガのHJKヘルシンキに加入した。

3月6日に行われたフィンランド・リーグカップのFCラハティ戦で移籍後公式戦初出場を果たし、田中亜土夢のアシストから公式戦初得点を記録。

 8月11日、オランダ1部・エールディヴィジのADOデン・ハーグに3年契約で完全移籍。

2014年

 7月22日、スペイン1部・リーガ・エスパニョーラのコルドバCFへ2年契約で完全移籍。
 8月25日、リーグ戦開幕戦のレアル・マドリード戦に1トップで先発し、スペインデビューを飾った。

 10月に行われる日本代表のジャマイカ戦、ブラジル戦で代表復帰。リーガでは5試合に出場(4試合は先発)するも0ゴールに終わり、ミロスラヴ・ジュキッチ監督就任後は完全に構想外となり、12月30日にクラブから契約解消が発表された。

2013年

 2013-14シーズンも2季連続で二桁得点を記録した。

2012年

 1月27日のPSV戦でエールディヴィジでの初ゴールを挙げた。2012-13シーズンは、開幕から好調を維持し、エールディヴィジ所属の日本人選手では過去最多となる11得点を挙げる活躍を見せた。

2011年

 2011年シーズンも甲府に残留。リーグ戦では得点王となったジョシュア・ケネディの19得点に次ぐ日本人トップの17得点を挙げJリーグベストイレブンに選出された。
 クラブでの活躍を受けて、2011年8月に行われた日本代表合宿に初招集。9月2日のワールドカップアジア3次予選の北朝鮮戦(埼玉)でA代表初出場を果たした。10月11日のタジキスタン戦(長居)では代表初ゴールを含む2得点を挙げ、チームの勝利に貢献。

 12月21日に、オランダ1部・エールディヴィジのフィテッセに2年半契約で完全移籍。

2010年

 2009年シーズン終了後に複数のJ1、J2クラブから勧誘を受けた中でヴァンフォーレ甲府へ完全移籍。20得点を挙げてJ2得点王に輝き、エースストライカーとして甲府のJ1昇格に貢献した。

2009年

 マリノスへ復帰したが、新加入の渡邉千真の活躍もあり5月にサガン鳥栖へレンタル移籍し、同じくマリノスからレンタル移籍した山瀬幸宏と共に2トップを組んでゴールを量産し、シーズン15得点を上げチームに貢献した。

2008年

 アビスパ福岡に期限付き移籍。
 ピエール・リトバルスキー監督の下で大久保哲哉と共に攻撃の中心としてFW・サイドMFで出場し、26試合で7得点を挙げた。

プロ前

 オランダ出身の父ディド・ハーフナーが、マツダSC(現サンフレッチェ広島)でコーチ兼任選手としてプレーしている時期にハーフナー家2男1女の第二子として広島で出生。少年期は父の自主練習相手としてボールを蹴る。

 コンサドーレ札幌U-15では西大伍とホットラインを形成し多くのゴールを奪った。中学生時に既に同学年で一番の高身長であったが、そこから短期間でさらに身長が伸びたためランニングフォームが成長に追い付かず苦しんだ。父の移籍に伴って横浜F・マリノスユースに移り、2006年にマリノスのトップチームに昇格。同年にはU-18日本代表に招集され背番号9番のエースストライカーを任された。






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