【杉森考起】果たして育成方針は正しかったのか?

【杉森考起】果たして育成方針は正しかったのか?

 2018年1月9日、今季J1に昇格した名古屋グランパスとJ2町田ゼルビアからMF杉森考起の期限付き移籍が発表された。2013年、U-17W杯UAE大会で選出され、2014年ブラジルW杯のトレーニングパートナーにも選ばれた。全く同様の経験を遂げてきたMF坂井大将はその後継続してアンダーカテゴリーの代表の呼ばれ続け、2017年に開催されたU-20W杯韓国大会では主将として牽引し、現在はベルギーリーグ2部のテュビズへと移籍している。
 杉森は「順調に」成長してきたとは思う。ただ、育成年代の点から考えれば、「伸び代」を正しく表せてきたかどうかを疑問に思う声は少なくない。



 小学年代から名を馳せてきた選手だ。名古屋グランパスU-12所属時の全日本少年サッカー大会では9試合で17得点し、優勝の原動力ともなった。
 中3時、U-17W杯を目指す代表チーム、通称吉武ジャパンの招集されると、『フリーマン』という特殊な戦法を敷くチームの中でFW杉本太郎(現・徳島ヴォルティス)に次ぐ2人目の適性者として定期的な召集を受けることとなる。
 先の通り、U-17W杯UAR大会に招集されると、カップ戦に対する吉武博文監督の『ローテーション・ポリシー』も相まってグループリーグ3戦中2戦(出場時間49分)と決勝トーナメント・スウェーデン戦のスタメンとして前半45分を戦い切る活躍を見せた。
 杉本に比べればデュエル時の当たり負けも多かったが、1歳異なれば大きく変わるユース年代の大会で1学年下で戦い抜いたことは相当な経験だったように思う。
 翌年、ブラジルW杯のトレーニングパートナー招集は、東京五輪を見据えたものだった。ここまでは順調に見えた。高校2年で2種登録も果たしたが、J1を戦うチームにあって出場機会は失われた。2016年に所属する名古屋グランパスのJ2降格が決定し、チームは大解体。チームバランスは崩れてしまっていた。
 2017年、初めてのJ2を戦うにあたり招聘したのは前川崎フロンターレ監督の風間八宏。トップ下、セカンドトップとU-17代表チームに選ばれた『フリーマン』の形式に活路を見出していた彼にとって、サイドでのプレーや必然的にボールタッチ数の多くなるスタイルは新鮮だったのかもしれない。

 2018年にJ1に戻るチームでの出場機会はどうやら与えられない。MFガブリエル・シャビエル加入以降、明らかに出場頻度を落とした杉森に対し、クラブはレンタル移籍に伴う武者修行の場を与えた。足りないものをあげるならば、フリーになる・オフ・ザ・ボールの動きは一見の価値があるものの、オン・ザ・ボールでゴールへと向かっていく推進力に、「自らの力でどうにかする打開力」を身に着けたい。
 東京五輪と考えれば、残り2年。もう若くない。力をつけて、返り咲けるか。



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