「尊敬できる選手がいたこの伝統あるクラブでプレーできることをとても嬉しく思い、ワクワクした気持ちでいっぱいです。
僕の知っている強いヴェルディはJ1 にいなければならないクラブだと思っています。
ロティーナ監督のもとでJ1 昇格に向けて皆さんで良い1年にしましょう!ヴェルディのために全力を尽くします。よろしくお願いします」
気がつくと、ビッグマウスはなくなっていた。いや、もしかすると、我々がビッグマウスを感じられなくなったのかもしれない。
2018年1月6日、J2の東京ヴェルディは、J3に降格したザスパクサツ群馬からFW高井和馬の獲得を発表した。群馬の出世番号『26』を身に着け、チームを取り巻く環境や状況が好転せずとも、ルーキーイヤーから何も言い訳にせず結果を残し、セルフプロデュースに成功した。一昨年はMF江坂任(大宮→来季:柏レイソル)、昨年はFW瀬川祐輔(現・大宮アルディージャ ※柏レイソルの移籍が噂されている)が『26』をつけて、J1の大宮アルディージャへと個人昇格を果たした。彼らと高井で異なったのは、群馬がJ3へ降格してしまったことと、大宮もJ2へと降格してしまったことだ。さらには、母校日本体育大学を率いた鈴木政一監督が、来季アルビレックス新潟の指揮官に就任することとなったものの、その新潟までもJ2降格の状態だった。
活躍は、できた。ただ、チームを勝たせることはできなかった。心残りの一つなのかもしれない。
高井和馬は、少し特殊な経歴をもっている。中学生まで市川カネヅカSCに所属の後、単身帝京長岡高等学校へ進学するも、中退。市川カネヅカSCのユースチームに当たる千葉SCユースでサッカーを続けた後、日本体育大学へと進む。日体大も上位チームではなかったが、高井の加入後に躍進を続け、大学3年時に関東2部優勝、大学4年時には関東1部リーグ3位に食い込み、本人も得点王を奪取した。
関東1部リーグの得点王の元には様々なオファーが舞い込んだものの、
・試合に出られるクラブ
・サッカーに集中できる環境がある
・1年でステップアップ
感情と思惑は入り混ざれど、想いだけは本物だった。
「俺が絶対群馬を強くする」
プロの生活すら始まっていない若者のビッグマウスは、群馬サポーターだけでなく、Jリーグ全体が注目した。
与えられた背番号『26』で、本人以上に周囲が夢を見出した。「江坂が、瀬川が…」ステップアップしていった『26』の前任者達の残像を高井に向けた。高井も開幕節から出場し、第2節の湘南戦ではプロゴールを決めて見せ。より周囲の期待度を膨らませていった。問題はプレイヤーではなく、クラブの体制に起きていた。高井和馬の身に、クラブのいざこざは関係がない。だから、ここで改めて振り返ることはしない。それでもチームは言い知れぬ闇に飲まれていた。拭い去れない状況の中で38試合に出場し、二桁得点をあげた。それでも着いてこなかった勝ち点と勝利。チームは最下位に沈んだ。
結果として2年目の来季、群馬はJ1にあがるどころかJ3へと降格。個人としても、J1には届かなかった。
「東京ヴェルディに移籍することになりました。ザスパで本来の力が出せず、結果に対しとても責任を感じ、ザスパでプレーをし、恩返しをしたいという考えも正直ありましたが、僕の目標をかなえるためにチャレンジしたいという思いが強く、この決断をしました。
この1年間は、決して無駄な1年ではなかったです。菅原GM、森下監督をはじめ、スタッフ、ザスパの選手達、毎試合応援に来てくれるサポーターのみなさんと出会って、確実にレベルアップできました。
この先、僕の活躍が少しでもみなさんに届けられたらいいなと思います!ザスパの試合は、毎試合観ます。
1年間という短い間でしたが、ザスパクサツ群馬が大好きになりました。本当にありがとうございました」
振り返る歴史は、新たな未来を創造しない。ここから先は想像に過ぎない。
『26』の系譜は一旦途絶えるが、それは彼の責任ではない。高井のもとにJ1からのオファーもあったのかもしれない。J2プレーオフの前から東京ヴェルディは「FW高井和馬」を狙っていたのではないか。昇格を見越していたのではないだろうか。大宮からも、新潟からもアプローチはあったかもしれない。前年通り、恩師の「一番欲しがってくれるところに行け」というアドバイスと自らの目標を叶えるためのチャレンジをかけ合わせた結論なのだろう。業を背負う必要は、ないはずだ。
MF江坂任はJ2降格の大宮アルディージャから、ACL挑戦の柏レイソルへとステップアップ。FW瀬川祐輔にも柏レイソルが獲得の可能性が報じられている。『26』の系譜は記憶からなくならないが、一度背負うものがない状態の高井和馬を純粋な目で見てみたい。
プロ1年目は『勝負に勝って試合に負けた』。2年目は、3年目は…。何とも楽しみたくなる男の生き様だと思う。見る者、チーム、自分の目標、あらゆるものを背負って生きていく男だから、乗っけてみたくなる「期待」の感情。経験と期待の分だけ、言葉の重みがまし、言葉を重くできる人間にさらなる試練は訪れる。彼はそれらもきっと、超えていく。