2018-19シーズン、プレミアリーグで開幕4連勝を達成するなどワトフォードが躍進を遂げている。「15-16シーズンのレスターの再現だ!」という呼び声高いワトフォードで、4シーズンに渡り主将を務めているトロイ・ディーニーをご存知だろうか?実は本格的にサッカーを初めたのは、他選手と比較すると非常に遅い「14歳」頃であったという。さらには両親の離婚、中学校の退学、アマチュアクラブでキャリアをスタート、暴行罪で3ヶ月の服役と、現在プレミアリーグで活躍する選手の中でも「異色」すぎる人生を歩んでいるディーニーの過去に迫る。
- 【選手紹介】ディーニーのプレースタイルと選手紹介
- 【選手紹介】ディーニーのプロフィール
- 【ヒストリー】10代で経験した壮絶な過去
- 【ヒストリー】「生計」を立てるためにを始めた「サッカー」
- 【ヒストリー】プロキャリアのスタート
- 【ヒストリー】暴行罪により3ヶ月の「服役」
- 【ヒストリー】チームを9シーズンぶりのプレミアリーグ復帰に導く
- 【ヒストリー】27歳で初のプレミアリーグの舞台へ
- 【ディスコグラフィー】紹介動画
- 【ディスコグラフィー】年度別出場成績
- 【ディスコグラフィー】パラメータ・能力値※制作中
- 【年度別来歴】プロキャリア※制作中
- 【年度別来歴】アマチュア時代の評価※制作中
- 【年度別来歴】代表歴※制作中
- 【選手評価】スタッツ※制作中
- 【選手評価】市場価値※制作中
- 【選手評価】能力値変遷※制作中
ディーニーのプレースタイルと選手紹介
● ポジショニングが上手く、エリア内で決定的な仕事をする。これはデータにもはっきりと現れており、これまでプレミアリーグで記録した30ゴール中、29ゴールがエリア内でのゴールだ(2018/9/24現在)。PKも非常に得意で、プレミアリーグで通算12ゴール決めている。成功率は80%。さらには、183cm/90kgの体格を活かしたフィジカルも魅力。183cmとそこまでの上背はないが空中戦に非常に強く、2015-16シーズンはプレミアリーグ最多の空中戦勝利を誇った。
● 昔からプレーが粗いことでも知られ、頻繁にイエローカードをもらう。2017-18シーズン第10節ストーク戦後には、争いの末にストークMFジョー・アレンの顔を笑顔で思いっきり掴みにかかり、FAから処分が下るなど度々プレー以外でも話題になることで知られる。
● 息子はアーセナルファン。
ディーニーのプロフィール
選手名 | トロイ・ディーニー(Troy Deeney) |
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ポジション | CF |
出身 | イングランド/バーミンガム |
年齢/生年月日 | 31歳/1988年6月29日 |
身長・体重 | 183cm・90kg |
現所属チーム/背番号/利き足 | ワトフォード(イングランド)/9/右足 |
代表/デビュー年 | なし |
過去所属 | ウォルソールなど |
クラブ・代表タイトル | なし |
個人タイトル | PFAベストイレブン(14-15) |
10代で経験した壮絶な過去
トロイ・ディーニーは、1988年12月29日にイギリスの大都市「バーミンガム」で生まれた。11歳の時に両親が離婚。14歳で学校を退学。15歳で学校に戻ることを許されたが、GCSE(イギリスにおいての義務教育の終了試験)を受けずに再び16歳で学校を退学。その後ディーニーは、週120ポンドの賃金でレンガ職人の見習いをしていた。
「生計」を立てるために始めた「サッカー」
15歳の時、ディーニーは進学や就職を諦めサッカーで生計を立てることに決めた。早速、地元の古豪アストン・ビラのトライアウトを受ける。しかし、これまでサッカーをまともにやっていないディーニーは、受かるはずもなく落選。地元のアマチュアクラブであるチェルムスリー・タウンに入団。2006年、18歳の時に当時ウォルソールユースの仕事をしていたミック・ハルソールの目に止まりトライアウトを受けることに。トライアウトに合格したディーニーは、当時イングランド4部だったウォルソールに入団し、プロキャリアをスタートさせた。
プロキャリアのスタート
加入からおよそ1年後の07-08シーズンからトップチームに定着。3部へと昇格したこのシーズンは1ゴールに終わるも、08-09シーズンは12ゴール、09-10シーズンは14ゴールと結果を残した。09-10シーズン終了後は、多くの2部のチームが獲得に乗り出すなど争奪戦となった。
2010年8月6日、当時イングランド2部のワトフォードへの完全移籍が発表された。加入初年度から出場機会を掴む。10-11シーズンは2ゴールに終わったが、11-12シーズンは11ゴールを決めチームのエースに名乗りを上げた。
暴行罪により3ヶ月間「服役」
順調かと思われたディーニーのキャリアだったが、2012年6月25日に事件が発生する。喧嘩中に相手を蹴ったとして暴行罪で逮捕。10ヶ月の禁固刑が下された。しかし、多大なる反省と初めての罪だったとしてわずか3ヶ月で釈放された。釈放後も反省を重ねたディーニーは、勉学に励み16歳で受験しなかったGCSEを受験。合格を果たした。
チームを9シーズンぶりのプレミアリーグ復帰に導く
釈放後はすぐにチームに復帰。9月22日のブリストル・シティ戦で試合復帰を果たすと、翌ハダースフィールドでは復帰後初ゴール。シーズン中にはキャプテンマークを巻くなどチームの中心選手となり、結果的にはこれまでのキャリア最多の19ゴールを記録した。翌13-14シーズンも24ゴールを決めるなどチームの中心選手として活躍した。
14-15シーズン、これまで主将を務めていたマヌエル・アルムニアが現役を引退したため正式に主将に就任。開幕から好調をキープし、リーグ戦42試合21ゴール10アシストを記録。チームも06-07シーズン以来のプレミアリーグ昇格を決めた。リーグ優勝も確実かと思われたが最終節、試合終了間際の90分に1-1の同点に追いつかれ、惜しくもボーンマスに優勝の座を明け渡した。
27歳で初のプレミアリーグの舞台へ
15-16シーズン、人生で初めてプレミアリーグの舞台に立った。この時、既にプロキャリアをスタートさせてから300試合以上が経過していた。「退学」や「服役」など何度も絶望から這い上がってきた男は、初のプレミアリーグの舞台でも躍動。トライアウトに落ちたアストン・ビラから3ゴールを決めるなど全試合に出場。シーズンを通じて13ゴールを決め、チームのプレミアリーグ残留の立役者となった。続く16-17シーズンは10ゴール、17-18シーズンは5ゴールを決めプレミアリーグでの成功を収めたディーニー。今季、チームを1983-84シーズン以来の欧州カップ戦出場に導くことが出来るだろうか?
ディーニーの動画
《ワトフォードでのTop10ゴール》
年度別出場成績
プレミアリーグ 27試合10ゴール2アシスト
プレミアリーグ 32試合9ゴール5アシスト
FAカップ 5試合2ゴール1アシスト
プレミアリーグ 29試合5ゴール2アシスト
FAカップ 1試合0ゴール1アシスト
EFLカップ 1試合0ゴール1アシスト
プレミアリーグ 37試合10ゴール4アシスト
FAカップ 2試合0ゴール0アシスト
EFLカップ 2試合0ゴール1アシスト
プレミアリーグ 38試合13ゴール8アシスト
FAカップ 5試合2ゴール2アシスト
FLC(英2部) 42試合21ゴール10アシスト
FAカップ 1試合0ゴール0アシスト
FLC(英2部) 44試合24ゴール4アシスト
FAカップ 3試合1ゴール1アシスト
EFLカップ 1試合0ゴール0アシスト
FLC(英2部) 40試合19ゴール9アシスト
FLCプレーオフ 2試合1ゴール1アシスト
FAカップ 2試合0ゴール0アシスト
FLC(英2部) 43試合11ゴール5アシスト
FAカップ 2試合1ゴール0アシスト
EFLカップ 1試合0ゴール0アシスト
FLC(英2部) 36試合2ゴール4アシスト
FAカップ 2試合0ゴール0アシスト
EFLカップ 2試合1ゴール0アシスト
FL1(英3部) 42試合14ゴール7アシスト
FAカップ 2試合0ゴール1アシスト
EFLカップ 1試合0ゴール0アシスト
FL1(英3部) 45試合12ゴール0アシスト
FAカップ 1試合0ゴール0アシスト
EFLカップ 1試合0ゴール0アシスト
FL1(英3部) 35試合1ゴール1アシスト
FAカップ 2試合0ゴール0アシスト
EFLカップ 0試合0ゴール0アシスト
FL2(英4部) 1試合0ゴール0アシスト