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遠藤康の現在地|小柄な技巧派レフティ・鹿島でのポジションとプレースタイル

 6歳からサッカー人生を歩み始めた遠藤。2006年11月に鹿島アントラーズに入団が発表されて以降、鹿島一筋。もともとはトップ下でのプレーを希望していたが、サイドに張ってクロスを上げる役割を任されてから現在もその役割を担っている。内田篤人も一目置く遠藤の現在地とは。

遠藤康の動画




選手紹介

 内田篤人が2015年11月26日、当時所属していたシャルケが実施したツイッターチャットに参加した際、遠藤康とのエピソードをリクエストされると「ボール今までで一番とれないのは康」と回答。
 さらに違うインタビューでは「足が短いからターンがめちゃくちゃ早い。重心が低い。サッカー選手としては憧れる選手。キープできるし、シュートもあるし。」と絶賛した。(動画URL: https://youtu.be/Ho2zYNO2ZSI)

プロフィール

選手名 遠藤康|Yasushi ENDO
出身地 宮城県仙台市
生年月日 1988年4月7日
身長・体重 168cm・69kg
現所属チーム/背番号/利き足 鹿島アントラーズ(J1)/#25/左足

プレースタイル・能力値・アビリティ

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セールスポイント・ウィークポイント・グロースポイント

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ヒストリー

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年度別来歴

2019年
2018年
2017年

 2月18日、FUJI XEROX SUPER CUPの浦和レッズ戦では2得点をきめて優勝に貢献した。7月5日、第17節のガンバ大阪戦では決勝点をきめて首位浮上に貢献した。 尚、大岩監督になってからボランチとして中盤の底からゲームコントロールする役割で起用される事が多くなっている。

2016年
2015年
2014年

 柴崎岳(ヘタフェ)とともに、常陽銀行の9代目イメージキャラクターに就任。リーグ戦では初の2桁得点を記録し、この年のJリーグ優秀選手賞を受賞した。

2010年

 出番を徐々に増やし、3月9日のACL第2節・韓国の全北現代戦でプロ初得点を記録。2012年は自己最多のリーグ戦32試合に出場した。

2007年

 鹿島アントラーズに入団。同年3月21日のヤマザキナビスコカップ第1節アルビレックス新潟戦で公式戦に初出場した。4-4-2のボックス型フォーメーションを採用する鹿島のチーム事情のため、トップ下でのプレーを希望していたが、「サイドに張ってクロスを上げる役割を任された。同年度はリーグ戦2試合に出場した。

2006年

 11月に鹿島アントラーズ加入内定が発表。

プロ前

 3歳年長の兄が所属していた少年サッカークラブ、なかのフットボールクラブでサッカーに触れるようになり、6歳の時に同クラブに正式に入団した。
 小学校5年次、クラブ代表の小幡忠義の勧誘を受け、2001年に塩釜FCジュニアユースに入団。
 中学3年次の2003年にはU-16宮城県トレセンに、当時FCみやぎバルセロナジュニアユース所属だった香川真司(ドルトムント)とともに選出されて同年度のカメイカップに出場。
 2004年にユースチームに昇格(宮城・塩釜高)。高校1年次はシーズン途中からトップチームにも登録されて東北社会人サッカーリーグで試合に出場。翌2005年度は全試合でスタメン出場した。
 2006年は日本代表チームの一員として仙台カップ国際ユースサッカー大会に参加、この大会の後で鹿島アントラーズから入団のオファーを受けた。






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