2017年34節のホイッスル。

 「この景色を見たかった」
MF長谷川竜也が5点目のシュートを単独突破で決める同時に試合は終わった。等々力競技場に響いた笛の音は試合終了の合図であり、サポーターの歓喜のオーケストラが鳴り響くタクトでもあった。ピッチ上のあちこちでも歓喜の輪が広がる中、川崎フ
ロンターレを支え続けた大黒柱は、まるで根を張るかのように一人静か、ピッチ上で泣き崩れた。新時代の到来を告げるが如く、今季の主将であり、プロ初のハットトリックをこの大舞台で決め、得点王にも輝いたFW小林悠が覆いかぶさる。2003年、
中央大学からプロ入り後、15年間ひたすら耐え続けた。耐え続け、周りからのプレッシャーを一手に引き受けたバンディエラの上、まるで土台と柱にも映った。
 FW小林悠のインタビューに続いて、コメントを求められたが、インタビュアーの質問を流して、右手親指でコールが鳴り止まぬスタンドのサポーターを指差す。ピッチ上では涙で濡れた景色、ようやく見ることの出来た景色に和やかな笑みを浮かべながら満足した声色が漏れた。



 磐田MF中村俊輔が左サイドでゆっくりとボールをもつと、大きな弧を描いたボールはファーサイドのFW川又堅碁のもとへ。鹿島DF植田直通がデュエルに競り勝ち、前方を窺うも、その瞬間に笛が鳴り響いた。ベンチは、知っていた。前半で退いたSB西大伍、指揮官のごとく戦況を見つめていたMF小笠原満男、MF永木亮太、後半途中交代のMF遠藤康、MF土居聖真、皆、テクニカルエリアギリギリまで身を乗り出していた。
 勝利できないとわかった瞬間、新たに日本代表のMFに名を連ねた、緑の血が流れる男は、人目もはばからずに誰よりも涙した。確かに前半からのチャンスををチームは活かすことができなかったし、それこそこの試合だけの問題ではない。それでも、不用意なファウルで最後の最後自分たちのボールをもつことすらできなかったのは、ファウルを与えてしまったからだ。上昇局面にあり、血の入れ替えも行ったチームの新世代の旗手。また来年、再来年と挑むチャンスはあるだろう。

 歓喜は最後に待っていた。審判が時計と笛も確認した後半AT5分、仙台のディフェンス陣を劈いた黒色の弾丸は、テクニカルなゴールで起死回生とも思える決勝弾を放つ。湧き上がるベンチと、焦るスタンド。鳴らされた笛の音は、まだ知らぬ指揮官にとっては朗報。だが、非情な情報が入るまでそう時間はかからなかった。ガッツポーズと涙目、その両方共が似合う人もまた珍しい。昨季率いたチームとともに、来季は自身も初のJ2を戦う。

 約9ヶ月前と同じ光景が広がった。GK西川周作は覚えていただろうか。開幕戦で決勝点を決められた男に、またしてもやられてしまった。MF齋藤学に負けたと話した浦和レッズの元指揮官が語った開幕戦。引き継いだのはSB山中亮輔。中央へのボ
ールに反応したのは、右サイドで企んでいたサイドアタッカーだ。「ここしかない」見事なコントロールショットがゴールネットを揺らす。手にキスをするパフォーマンス。得点だけではないはずだ、と自身が一番わかっている。
 笛の音を聞いたのは、ベンチだった。だが、ポジションを争ったライバルは本日対峙したチームへの移籍が濃厚。横浜FMの右は「俺」といえた頃にはまた異なるユニフォームを着ているだろう。異国の地で活躍する、同期とともに。

 最後6試合で5勝1分と積み上げた数字は、無謀とも言えた順位のランクアップ成功に導いた。もう遅かったが来季へとつながるゴールになればいい。中央でカットしたボールに反応したのは、MFホニ。開幕戦や2戦目でも同じ形があった。その時はFW田中達也が決めていたが、単独で打開した点こそが成長だった。また、今回はアシストもついた。それだけパスにも磨きがかかった。それでもそのポジションで終わるわけでもないだろう。告げられた笛の音は新たなシーズンへの序章。噂される神戸移籍か、磐田から移籍後沸いた愛着のまま昇格に導くか。

 「またやられた…」久々出場の相手は柏レイソル。前半戦でMF大谷秀和に開始1分のロングゴールを決められた。怪我から復帰して挑むリベンジマッチ。鳴った笛はコーナーキック開始の合図。刹那放たれたボールに両チームが飛び込む。欲を持って飛び込み弾いたボールは、欲を持たずにポジショニングを守った男の元に向かう。またしても決められた。
 自身のスランプと同時に迎えたチームの低空飛行。来季チーム内の争いに打ち勝ち、また盤石な姿を見せたいところだ。

 ここ一番で花開く。大宮、川崎、C大阪と渡ってきた早大出身のこの男。変わらぬルーティーン。セットした福森晃斗が目指したのは放物線状の3人衆。FWジェイ、FW都倉賢が決めていたこの日、決勝点を高い打点で決めてみせる。ボトム6すら回避した。昨年のJ2がどれだけシビアだったか、競争力と積み上げを見せた積み上げ側の男は、鳴り響いた笛と同時に喜びの表情でサポーターとともに安堵した。

 目の前にはDFが多くいた。それでも右足を振り切る。ゴールネットを揺らした瞬間に笛が鳴った。左サイドからDF高橋峻希があげたボールへの反応速度は年々高まっている。今年はピッチ外の問題も多かった。その問題に比べれば、目の前のDFのプレッシャーなど比ではない。終わりは良くなかったがシーズンも終了。
 対した清水も残留を決めた。明確な悪にはならない。どのチームにいっても似たような役回りだが、悪感情を抱かれることはない。それもまたポイントかもしれない。

 最後に迎えたピッチの笛は、ベンチで聞いた。躍動感あふれるFW久保建英の姿をまるで息子のように眺めた。思えば、数日前に負傷したMF平川怜の負傷に対しTwitterでコメントもした。怪我多き一人の選手として、伝えられるプロとしての処世術。むき出しにする本能に、感嘆した。長くかかった怪我との闘い。それでも、2年ぶりにキックオフの笛をピッチで聞いた。馬力のあるダッシュは鳴りを潜めたが、らしさが全開だった。
 次聞くときはどこになるか。青赤のサポーターだけでない。日本中のサッカーファンは期待する。

 14時と16時に鳴った今季最後のホイッスル。毎日鳴り続けても、ピッチ場で行われる世界は毎回異なる。演じられるは語り知れないドラマの数々。その断片でも届けることができれば本望だ。



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